Complete text -- "Coockie"

12 June

Coockie



久木田禎一が亡くなった。

長瀬君から電話を受けて、絶句した。
しかし何の感情も湧かない。
明日からフィンランドという若松さんからも連絡を受けた。

そんなに持たないだろう、冬を越すのは難しいだろうとは、
考えていた。
彼は今年の春に入院し大手術を受けてやっと退院し、
また再入院してあっという間の事だった。

春先、病院で一緒に今年の公会堂アートショウ2の打ち合わせをしたところだった。

早すぎる。
彼と知り合ったのはすっとむかし岩手町の菊地牧場で恒例の夏のパーティだった。

「リンガフランカ」という多言語の、赤字だらけのタウン誌の編集長、だった。変な人だなと思ったものだ。しかし、ある日、フランクロイドライドのタリアセン、のTシャツを着ていたのでなんでそんなのきてるんだいと聞くと、いやあ、このあいだ行って来たのだよ、という。えーー、なんで売れない雑誌の編集長が、あの、僕の夢であるタリアセンなんか行くの?だいたいなんで知ってるんだよ?というと、いやあ僕も専門だから、え〜、なにそれ、いやあ都市計画が専門なのさ、ときた。

へえ〜。

それから、数年後、ぼくらが本格的に、岩手をベースに活動してみようかなと思った時に、相談したのが久木田さんだった。

彼は建築家たちとの付き合い、都市環境デザイン会議への参加などを提案した。

彼の口グセ、足は地元(地域)に、目は世界に、だったかな。

それが良かったかどうかは分からないが、
それから僕らは、数年後、岩手アートフェスティバルUK98のオルガナイズの際に彼に相当助けられた。

彼の紹介で岩手県、盛岡の人たちとも知り合えたし、フェスティバル自体は英国大使をオープニングに迎え、見事に大成功だった。岩手山が噴火した以外は。

それから、私は彼の引き合いでいくつか国と県の委員会に入り、さらに岩手県公会堂県民フォーラムというのに引き込まれ、2年前の公会堂アートショウの企画実現に至る。

彼は浮島がとても気に入っていたようで、毎年2度は開いていた浮島パーティには必ず来ていたし、ある日ひょっこりやって来ては、ヘンな客も連れてきた。

本人は、東大都市計卒でバリバリのコンサーバティヴのクセに、さっさと自分の立ち上げた会社から退職して、僕はこれから、さすらいの都市計画家になるのさ、なんて言っていたのに。

一緒に飲むと恐ろしくつまらないか、いじめられつつどんどん盛り上がるかのどっちかであったし、事務処理と効率性の固まりのようであって、しかし恐ろしく情熱家であり、何よりも愛すべき人だったな。

僕とケイトにとってはストレートに話せる、
数少ない、日本での大切な友人の一人だった。


Comments

藤堂景茂 wrote:

はじめて久木田禎一氏の訃報に接し絶句しているところです。         小生は
盛岡一高時代彼と同学年で特に最後の一年間は彼の家に下宿させてもらった仲です。今年の年賀状が受取人不在で戻ってきたのでまさかと思いインターネットで検索中でした。奥様のはるみさんはどうしているでしょうか。もしご存じならお教えくだされば幸いです。
リンガフランカは定期的購読者の一人でもありました。  福岡県久留米市西町1469
藤堂景茂
01/07/08 15:42:16

片桐宏典 wrote:

コメントありがとうございました。はるみさんはお元気で盛岡の自宅におられると思います。式典の際にご挨拶させていただきました。
思いついたことをすぐ実行していく彼は、ときに、見方によっては、はた迷惑といえなくもないですが、権威のまっただ中をアナーキーな発想で行動する彼はとてもユニークだったと思います。
岩手ではまちづくりやアート関係で久木田さんの蒔かれたタネがすこしづつ着実に育っています。
01/23/08 12:07:33
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